この記事の目次
不動産鑑定評価ケーススタディー(この案件の概要)
大阪市中心6区(北区、中央区、西区、天王寺区、浪速区)で大手メーカからの依頼で店舗部分の借家権の鑑定評価をさせて頂いたことがあります。依頼目的は、借地借家法28条所定の「財産上の給付」の額を算定する際に参考にするためでした。
借地借家法28条 財産上の給付(鑑定評価以外の基礎知識)
第二十八条 建物の賃貸人による第二十六条第一項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。
借地借家法
借家権の相続税財産評価(国税庁)
94 借家権の価額は、次の算式により計算した価額によって評価する。
ただし、この権利が権利金等の名称をもって取引される慣行のない地域にあるものについては、評価しない。(昭41直資3-19・平11課評2-12外・平16課評2-7外改正)
借家権の価格の算式 上記算式における「借家権割合」及び「賃借割合」は、それぞれ次による。
(1) 「借家権割合」は、国税局長の定める割合による。
(2) 「賃借割合」は、次の算式により計算した割合による。
Aのうち賃貸借している各独立部分の床面積の合計÷当該家屋の各独立部分の床面積の合計(A)
第3章 家屋及び家屋の上に存する権利、国税庁
借家権割合:大阪府、国税庁の率
不動産鑑定評価基準:借家権の鑑定評価
借家権とは、「借地借家法が適用される建物の賃借権 」と定義されています。
不動産鑑定評価基準において、「借家権」の鑑定評価額は、借家権の取引慣行がある場合は、当事者間の個別的な事情を考慮して比準価格を求めることを標準としています。これは、借家権の取引が認められ、事例として把握できる場合に限ります。そして、自用の建物及びその敷地の価格から貸家及びその敷地の価格を控除し、所要の調整を行って得た価格を比較考量して決定します。この所要の調整について、明確な規定が無いことから、理論的に説明出来ない場合は、安易に所要の調整をすることは望ましくないと考えられます。そして、借家権割合が求められる場合は、借家権割合により求めた価格を も比較考量するものとするとされています。ただし、安易に相続税の借家権割合を採用すべきではないという、考えがありますが、借家権の取引事例から求められる場合は良いのですが、無い場合は、相続税の借家権割合も参考となるでしょう。
また、借家権の価格と言われるものには、オーナーから建物の明渡し要求を受け、テナントさんが望んでいないのに立退きを迫られたときに「喪失することとなる経済的利益」などオーナーとの関係において個別的な形をとって具体的にに現れるものがあります。
この場合の借家権の鑑定評価は、借りている店舗や事務所などと同程度の代替建物等をこれから借りる場合に必要とされる新規賃料と現在の賃料との差額について、一定期間補償しましょうという考えがあり、また、賃料の前払的性格を有する権利金等も考慮し、前述と同じように、自用の建物及びその敷地の価格から貸家及びその敷地の価格を控除し、所要の調整を行って価格を求め、鑑定評価を行いましょうという考えです。ここで注意すべきは、相続税の借家権割合などから求めるやり方は、想定されておらず、相続税の借家権割合から価格を求めるべきではないという考えが主流と思われます。 ただし、ここは、依頼者に分かりやすく説明するには、相続税の借家権割合から求めた価格も参考まで、記載したほうが良いとも考えられます。
この場合において当事者間の個別的事 情を考慮するものとするほか、下記貸家及びその敷地の①から⑥までに掲げる 事項を総合的に勘案するものとする。
①将来における賃料の改定の実現性とその程度
②契約に当たって授受された一時金の額及びこれに関する契約条件
③将来見込まれる一時金の額及びこれに関する契約条件
④契約締結の経緯、経過した借家期間及び残存期間並びに建物の残存耐用年数
⑤貸家及びその敷地の取引慣行並びに取引利回り
⑥借家の目的、契約の形式、登記の有無、転借か否かの別及び定期建物賃貸借(借地借家法第38条に規定する定期建物賃貸借をいう。)か否かの別
不動産鑑定評価基準 各論 第1章 価格に関する鑑定評価 、国土交通省
一般に、交換の対価である価格は、利益を生み出す元本の価値として把握されるが、 借家権価格は、借地借家法等により保護されている借家人の社会的、経済的ないしは 法的利益の経済価値を総称するものといわれるように利益を生み出す元本というほど のものが明確な形で存在していないので、喪失する利益の補償、すなわち補償の原理の観点から借家権の経済価値を把握せざるを得ない場合が多いことに留意しなければな らない。
不動産鑑定評価基準に関する実務指針P170、公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会
本件の借家権が存する地域では借家権の取引慣行が成熟していないので、当事者間の個別的事情を考慮して求めた比準価格を試算価格として求めることができませんでした。
本件借家権は、賃貸人から建物の明渡しの要求を受け、借家人が不随意の立退きに伴い事実上喪失することとなる経済的利益等、賃貸人との関係において個別的な形をとって具体に現れる経済価値が求めるべきものと考えられましたので、当該案件では、以下の通りに鑑定評価を行いました。
①自用の建物及びその敷地の価格から貸家及びその敷地の価格を控除し、所要の調整を行って得た価格
②当該建物及びその敷地と同程度の代替建物等の賃借の際に必要とされる新規の実際支払賃料と現在の実際支払賃料との差額の一定期間に相当する額に賃料の前払的性格を有する一時金の額等を加えた額
③借家権の取引慣行が成熟していないので、借家権割合について明確な相場が存在せず、借家権割合により求める手法を適用することは理論的に整合しないと考えられますが、相続税財産評価等において画一的に採用されている考え方なので、参考まで付記価格として借家権割合より求めた価格を求め、試算価格の調整では、考慮せず、鑑定評価額を求めました。 このような借家権割合の価格は、求めないほうが良いという見解があると思いますが、あくまで参考として求め、試算価格としてのウエイト付けしないやり方のほうが利用者には分かりやすいのではないかと考えています。現実には、裁判所の調停ではこのような恣意性の入らない借家権割合の価格を意識しているようにも見受けられました。
当該案件は、弁護士からの依頼の案件で、裁判で使われるものでしたので、過去の借家権の判例を取得し、私の理解できる範囲で研究し、鑑定評価書に盛り込んだ案件でした。
借家権の鑑定評価上の論点
賃料差額の補償年数(一定の期間)
賃料差額の補償で、当該建物及びその敷地と同程度の代替建物等の賃借の際に必要とされる新規の実際支払賃料と現在の実際支払賃料との差額の一定期間に相当する額を求めますが、建物の経済的な残存耐用年数について複利年金複利現価率で割り戻した年数で補償する方法と用地対策連絡協議会の基準に準じて補償する方法、借家に関する個別事情を考慮して補償する方法などが考えられるが、いずれが適当かという論点があります。
これについては、必ずしも建物の経済的な残存耐用年数の満了時まで賃借することを前提とする必要はないとい考えられています。用地対策連絡協議会の補償のやり方は参考になりますが、これより借家に関する個別事情を考慮して補償の年数を判定するのが標準と考えられています。
賃料差額に保証金の運用益は考慮しないのか
借家人が不随意の立退きによって喪失する経済利益等を補償するということは、借家人サイドの価格を求めることになることに留意する必要があります。保証金の運用益はオーナー側の利益であり、これは考慮しないことが適切と考えられています。また、 預り金的性格を有する保証金などは、借家人が立退きするときに返金されるので、借家人が喪失することはありません。
借家権価格は、借家人が事実上喪失する当該貸家に関する経済的利益の補償及び利用権の消滅補償の内容で構成され、移転費用等は不動産の経済価値とは直接関係ないので 借家権価格に含まれないと考えられる。しかしながら、喪失することになる経済的利益 を直接評価することは困難であり、補償においては、代替建物等との賃料等の差額分や 移転費用等の借家人が代替建物へ入居する際に要する費用を基準に算定されることが 多いことに留意が必要である。
不動産鑑定評価基準に関する実務指針P171、公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会
建物解体が自用物件の最有効使用の場合
自用の建物及びその敷地の価格から貸家及びその敷地の価格を控除し、所要の調整を行って得た価格を求める場合、自用の建物及びその敷地の価格は、建物の最有効使用により、更地価格から建物解体費用を控除して土地価格を求める手法で良いかという論点があります。
これについては、自用の建物及びその敷地としての価格と貸家及びその敷地としての価格の差額については、その一部が借家人に帰属するという考え方があるので、鑑定評価の対象となっている物件の最有効使用が、建物の継続使用を前提とするか、建物の解体を前提とするかを考慮し、いずれが適当か判断すべきと考えられています。
高い収益性が確保されている貸家及びその敷地の場合、自用の建物及びその敷地の価格<貸家及びその敷地の価格、となるケースがあり得ることにも留意が必要で ある。
その場合は、「自用の建物及びその敷地の価格から貸家及びその敷地の価格を 控除し、所要の調整を行う」方法は適用できない。プラスの家賃差額が生じている (現行家賃>適正家賃)場合には、賃貸人にとって明渡しを要求する合理的理由に乏し く、かつ、借家人にとっても賃貸を積極的に継続する意義が小さいため、借家権の鑑定 評価を依頼されるケースは非常に稀である。
不動産鑑定評価基準に関する実務指針P171、公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会
複合用途の場合
対象不動産が複合用途である区分所有物件の一部に係る借家権の鑑定評価を行うに際し、自用の建物及びその敷地価格から貸家及びその敷地の価格を控除して所定の調整を行う場合、鑑定評価の対象である区分所有を単独で評価する手法と一棟の建物及びその敷地を評価して評価対象部分の効用格差を乗じて求める手法が考えられるが、いずれが正しいかという論点があります。
これについては、一棟の建物及びその敷地の価格を求め、これに評価対象部分の、効用格差(階層、位置、用途等)を乗じて求めるのが通常と考えられています。
借家権の取引慣行がない場合
借家権の取引慣行がない場合は、借家権割合の判断ができないので、不動産鑑定評価基準に規定されている借家権割合による価格を適切に求めることは不可能となり、適用することがふさわしくないという考え方があります。
借家権の取引慣行が無い場合は、一般市場で価格が形成されておらず、原則として借家権を鑑定評価として求めることは出来ないと考えられています。しかし、借家権の取引慣行が無い場合であっても、オーナーさんの希望により、借家人に不随意の立退きを求める場合には、借家人が喪失することとなる経済的利益をオーナーが補償する必要があります。この借家人が喪失することとなる経済的利益は、オーナーと借家人の間においてのみ認められる「借家権」の価値と認識されます。このような限定した局面を鑑定評価基準の後段で規定されています。
借家権割合により求めた価格(求め方)
借家権割合というものは、市場で顕在化していないので、その割合を判断する必要があります。しかし、全国一律で個別性を反映しない税務上の借家権割合を採用することや精通者意見により根拠なく借家権割合を採用することはふさわしくないと公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会では考えており、不動産鑑定評価において借家権割合を求めるケースでは、不動産鑑定士が具体的な根拠を借家権の事例分析から求めることが望まれています。 しかし、現実には借家権の事例の収集及び分析(実際の取引事例の借家権割合から比準して求める)は難しく、不動産調査報告書で借家権の価格を求めるか、借家権割合により求めるやり方を不動産鑑定評価で適用しないのか、前述の税務上の割合を不動産鑑定評価で採用し、参考まで求めるべきか、不動産鑑定士の方で判断する必要があります。
借家権をコンサルで求める場合等
実務指針で、借家権については、「個別性が強く、鑑定評価として求めることが相応しくないと判断した場合には、コンサルティング業務として対応すべき」と記載されています。
このコンサルティング業務で対応するケースは、その場所に対する思い入れやこだわりがある場合の立ち退きなど当事者間の個別的な事情を考慮する必要がある場合等が考えられます。
なお、賃貸人から建物の明渡しの要求を受けて借家人が不随意の立退きに応ずるとき に事実上喪失することとなる経済的利益等、賃貸人との関係において個別的な形を とって具体に現れる価格は、賃貸人による貸家及びその敷地等と借家権との併合を目的 とする価格と捉えることができる。このような場合、価格の種類としては限定価格と考えられるが、いずれにしても、個別性が強く、鑑定評価として求めることが相応しく ないと判断した場合には、コンサルティング業務として対応すべきである。
不動産鑑定評価基準に関する実務指針P171~P172、公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会
まとめ
借家権の取引慣行が成熟していない場合、借家権割合が把握できないことから、この手法を適用しないことが理論的です。ただし、相続税財産評価等において画一的に採用されている考え方なので、付記価格として借家権割合より価格を求め、試算価格の調整では、これを考慮せず、鑑定評価額を求めるというやり方も、当事者間の利害調整に悪い影響もなく、私はそれが否定されるものではないと考えています。また、裁判所の調停ではこのような恣意性の入らない借家権割合の価格を意識しているようにも見受けられ、試算価格としてではなく付記価格として記載するくらいなら構わないのではないかと考えています。
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